イギリスで生きてみる
by pirimiso
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NHK教育TV「基礎関西語」
きのうの夜からのNHK教育TV「基礎関西語」
カンサイ人として何の自覚も無くしゃべってたけど、
そうであったか!
カンサイ語(関西弁やないそうな。)は、
言語発声音調の最高音部から最低音部までフル活用して、
表現する事に貪欲な言語であるとおっしゃる。
おもしろい。

前に大阪ミナミのとある商店で働いた時、
いわゆる昔からの浪花商人言葉が飛び交う中で、
オッチャンらの声の高低に聞きほれたものだ。
得意客とやり取りするオッチャンのしゃべりは
ジェットコースターのように上下に急上昇、急降下しながら
勢いを増しながら商談成立のゴールへとなだれ込むのだ。
関西弁独特の会話のテンポが、そのうねる波のような
パワーを生むのだろうと思っていたが、
発する声の音調自体の振幅も大きな理由だったのか!?
この音調の幅は、標準語や他の方言には少ないらしい。
関西弁の音の使いわけは中国語っぽい感じ。
香港の市バスの広東語が飛び交う中で
その声のけたたましいような賑やかさに
「うわー!!!」と気圧された事が思い出される。
もし関西人が、香港の人たちみたいに公共の場でもおしゃべりやったら
よそから来た人は「うっるさー」と驚くのかも。

たいていのテレビ放送は標準語が占めているのだから、わたしら関西人も
標準といわれる言語のリスニングはもちろん話すこともほぼ可能だろう。
けど多くの関西人がどこに住んでても、
関西の音と抑揚で話すことを手放さないのは、
標準音で言い表す言葉の表情に物足りなさを感じるからかもしれない。
すでに身体にしみ付いているガタガタ道のような音のアップダウンを、
なめらかに舗装してしまったら、
その言葉から魂が抜け落ちてしまうように思うのだ。

もう一つ別の勤め先で、
とても闊達に英語を話すオッチャン社長に出会った。
とても話題豊富に外国人と電話で話す声がよく聞こえてきた。
確かに英語で話しているのだけど、それは確実に関西弁!でもあった。
すっごく魅力的に思えた。
ほんまの自分のスタイルで思いを伝える能力というのは、
自国語であれ外国語であれ、ある種の才能が必要かもしれない。
表現に貪欲な関西の言葉で生きてきたことは幸運なことか?
それとも、とりわけ外国語で何か言い表そうとする場合には、
よりいっそうフラストレーションに悩まされる遠因となるのか?
いつまでたっても上手く言い表せない事があるごとに
ブチ切れてしまうのを関西育ちのせいにするのは卑怯やねー。
わかってるんやけどね。Joe、ごめんよ。
苛立ちを差し障りなく表現するのだってお手のモノやのにな、関西弁でやったら。

ともあれ、「基礎関西語」視点がおもしろいと思う。
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by pirimiso | 2005-03-06 01:10 | 日々の怒り?
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